ユング心理学と仏教
 |
人気ランキング : 281,828位位
定価 : ¥ 2,310
販売元 : 岩波書店
発売日 : 1995-10 |
 |
心理療法に対する河合氏の態度が明確に |
本書で河合氏は、仏教的な精神が日本人の<潜在意識>に深く浸透しているということを、自らの心理療法を通して明らかにしてくれます。まず導入部として、西欧と日本との「自我」意識の違いについて語られます。「西洋人の自我は<切断>する力が強く、何かにつけ明確に区分し分離してゆくのに対して、日本人の自我はできるだけ<切断>せず<包含>することに耐える強さをもつ」と。西欧は意識という太陽ですべての事象を明確に照らす方向に進んだのに対して、日本(仏教)は西洋とは逆に意識を月影のごとく、深層(無意識)の方向へと洗練させました。
仏教的な意識には能率とか操作とか合理的という概念がまったく存在しません。現実的に何の役にも立たないようにみえます。ところが近代自我が患っている心の病を癒す力が、仏教的な意識はもっているのではないかとユングは気がつくわけです。ユングは仏教を知れば知るほど、自分の心理療法が仏教の経典に述べられていることに深く関連していることを理解します。そこで河合氏はユング心理療法の体験過程で、仏教との接点を発見するのです。
そう考えるようになったエピソードが、ある女性との面接で語られます。治療が困難で症状が変わらず困っていたとき、氏はこの女性に箱庭をつくることをすすめます。彼女は予想以上に熱中し、その作品を見て、氏は「これで治すことができる」と予感しました。ところが次回に箱庭に誘うと、彼女は拒否したのです「私はここに治してもらうために来ているのではありません。ここに来ているのは、ここに来るために来ているだけです」とハッキリと答えるわけです。つまり、心理療法でもっとも大切なことは、二人の人間がともにそこに<いる>ことなんだと。そこには操作的なものも、「治す人」と「治される人」という区別もないということです。共に仏教的(ユング的)な深層意識に入ってゆく大切さを知るわけです。おみそれしました!
 |
基本的に井筒俊彦の引用 |
ユングと宗教人類学者エリアーデらが設立したスイスのエラノス学会というのがあった。第一世代はフロムと「禅と精神分析」を著した鈴木大拙、第二世代が北一輝、安岡正篤ら当時の大アジア主義者を世に出した稀代のコーディネーター大川周明の元東亜調査局講師井筒俊彦、第三世代がユングを日本にもちこんだ河合隼夫。この書は基本的に井筒の「意識の形而上学」に基づいている。これの読後はそちらに進み「意識と本質」という東洋哲学全体を共時的構造化という方法で仏教、本居国学、儒教、ヒンズー教、イスラム教、ユダヤ教神秘主義、各国文学といったアジア的思考の解明を試みた著作に進んで欲しい。
 |
日本にあわせたユング心理学 |
著者は、日本で最初にユング派の臨床心理学を紹介した人です。著者によると、近代の自然科学は、対象と自己とを分離する反面、「関係性の喪失」という副作用をもたらしました。これに対し、フロイトやユングの試みたことは、自我を自分自身の全体と関連付けることを通じて、この「関係性」を前提とした知を獲得することにあったと著者はいいます。
著者は、西洋社会を中心に発展した、ユング心理学を深く学ぶうちに、自分の中にある、仏教的な要素を再認識し、西洋と東洋との自我意識の違いや、母性型か父性型かといった、社会構造の違い、といった問題に目を向けるようになり、それを心理療法の現場に活かすことを試みます。
また、この本では、夢や無意識の分析など、一見非科学的に見えるユング派の手法を、どうやって日本に受け容れられるように工夫するか、といった著者の苦労談も載っています。少しでも科学的に見えるように、最初は箱庭療法からはじめ、少しずつユング派の概念を日本に紹介していく、といった著者の慎重さには、正直舌を巻きました。
 |
河合隼雄はおもしろい |
河合隼雄はおもしろい。
これは米国連続講演のための日本語による論考集。ユング派心理学者・臨床家である著者が、本来西欧思想であるユングの考えをいかに東洋・日本において実践しているのか。また、東洋人・日本人としていかなる変容を体験し、東洋的・日本的な思索を深めるに至っているのか。著者の個人的な体験と普遍的な思索が明晰かつ平易に語られている好著。