昔話の深層―ユング心理学とグリム童話
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人気ランキング : 12,547位位
定価 : ¥ 987
販売元 : 講談社
発売日 : 1994-02 |
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無意識と意識の架け橋 |
本書の始まり、第1章・第1節のタイトルは「昔話には魂がこめられている」。なんでそんなことがいえるのか、と冒頭から疑問を感じたけれども、著者はユング派の立場から、人間の心の普遍性<普遍的無意識・元型>につながるものが、多くの人に受け入れられ、時代を超えて存在し続けるのだ、というふうに説明する。
ここで読み解かれるのは、『ヘンデルとグレーテル』や『いばら姫』、『黄金の鳥』などグリム童話数篇。グレートマザーや、アニマ、トリックスターといった元型の概念を用いた読み解きのほか、物語に出てくる数字の意味なども説明されている。
読み終わる頃には、例えば村上春樹の作品なんかも、バラバラになるまで解釈してみたくなってくるのだけれど、それを見越してか、著者は昔話の読み解きを始める前に、フォン・フランツの言葉を引用している。「いかなる昔話の解釈もその昔話以上に出ることはできないのである」。
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怖い本 |
わかりやすく書いてあるので簡単に読めてしまうが、内容は深く、恐ろしい。ユング心理学でグリム童話を読み解いているがそれが単なる分析ではなく人間の本質を抉り出すものだからだ。童話はもちろん人間がつくったものであり、ユング心理学に基づいてつくっているわけではない。それが一つの学説でこうも見事に解読できるのだ。人間の本質はずっと変わっていないのだと思わされる。
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甘くみていました。 |
昔話とはこのような意味がこめられていたとは知らなかった。
心理学の基礎というのはこの本で十分ではないのでしょうか。
ユング、フロイトの考察を学ぶとともに、個人的心理学的考察、個人的問題解決法が得られると思います。まさに。昔話による人生の処方箋ですね。
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ユングにおける元型 |
この本の中で話されている元型、特にグレート・マザーはおもしろい。著者である河合隼雄氏はユング派の心理学者だ。心理学について少し勉強をした事のあるものなら周知のようにまずフロイトが根底にあり、そしてユングやアドラーなどの心理学者が彼を慕ったのち、離れていくという図式が存在する。では、なぜユング及びにアドラーはフロイトから離れていったのだろうか。
フロイトにおいて精神の構造をあらわすものはエゴ、スーパーエゴ、エス(イド)の3つの要素であり、エスを本能そのもととするなら、それに働きかけるブレーキをスーパーエゴ、そしこれらを外側から取り巻くものがエゴである。
この3要素におけるエネルギーをリビドーと呼び、性的欲望とした。つまりフロイトの考えによると人間というものは性のエネルギーによって動いているとしたのである。
これに対してユングやアドラーは自論を展開している。ユングは無意識内に存在するなにか先天的なものが人を動かすとし、そしてアドラーは権力への意志が人を動かしているとしたのである。
ユング心理学においては無意識というものを個人的無意識、集団的無意識の二つに分ける。この集団的無意識とは、人類全てに存在する無意識の形象的なあらわれである。すなわちこれが元型である。
元型にはいくつかの種類があり、その一つがグレート・マザーである。そこにはおよそのものを包み込む意味があり、相対立する二つの側面を同時に持っている。まず、一つは生命と成長を司って、懐胎し、出産するなどの「生命の与え手」の面である。そして、もう一つは、独立と自由を切望するもの達にしがみつき、彼らを束縛し、捕獲し、飲み込むという「死の与え手」としての面である。
「トルーデさん」や「ヘンゼルとグレーテル」の魔女はこのグレート・マザーという元型の実体化したものではなかろうか。一瞬やさしそうに見えるものの、それに反動する殺意も兼ね備えている。
しかし、これはあくまでユング派における考え方だ。元型という考え方自体がフロイトやアドラーに存在しないとすれば、いかにして上記の物語を理解できようか。心理学に興味のある人間は是非一度この本を読むべきである。自分の培ってきたものでいかに対処していけるか。さらなる考察と共に自己確認も可能だろう。